1963年、第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの突然の死は、アメリカ国民のみならず、日本人にとっても衝撃的な出来事だったはず……。私はまだ生まれていなかったけれど、小さい頃に読んだ彼の伝記は今でも印象深く残っているし、何よりその暗殺劇の不可解さには、大きく興味を引かれたのです。

始まりの地-ボストン

始めてボストンを訪れたとき、まだそれほどJFKに興味は無く、彼の縁の地はまったく訪問しなかったんです。それを悔いて、2度目の訪問時には、色々と見学してきました。
(2002年訪問)

ケネディの生家

彼の生まれた家があるのは、ボストンより少し西へ行ったクーリッジという町。 少し奥まった場所にひっそりとたたずんでいます。彼の家の前の街灯だけがガス灯なのは、当時の面影を残しているのか、それとも……? なお、見学ツアーは夏季のみ。


緑色がかなりまぶしい彼の生家(左)と、入り口に脇にあった碑(右)。

JFKライブラリー

JFKライブラリーボストンから少し離れた南に位置しているものの、意外にも見学客の多い場所。 ここでは、彼の生い立ちから選挙活動、特に激戦だった大統領選挙や、大統領としての活躍を知ることが出来ます。 また、建物は海に面し、空間をふんだんに利用した造りは、かなり贅沢な気分。

右側の黒い部分は上から下までの吹き抜けになった巨大な空間。スモークガラスなので、中からは外の景色が楽しめます。ちょうどここにカフェがあり、時間があるならくつろぎたかった……。

JFKライブラリー内部
内部の様子を一部ご紹介。
ここでは、選挙戦の模様が再現されたエリアが多く見られました。

暗殺の地-ダラス

やがて事件に関係する書物を読みあさり、その謎について自分なりに大胆にも推理しているうちに、ぜひともその現場を見てみたい!と、とうとうここダラスまでやってきたのでした。
(1997年訪問)

エルム通り

エルム通り写真(リユニオンタワーの展望室より撮影。)中央、斜めに走っているのがエルム通り。この通りに面して建っている建物が、問題の旧教科書倉庫。現在、The Sixth Floor Museumとなっている場所です。 建物の左ななめ前、道路に覆いかぶさっている木を過ぎた辺りで、ケネディは銃弾に倒れたのです。

市内を一望する
リユニオンタワーより見渡した、ダラス市街。ケネディのパレードルートが良く分かります。

旧教科書倉庫(The Sixth Floor Museum)

旧教科書倉庫その名が示すとおり、この建物の6階が“6th Floor Museum”。ミュージアムではケネディ大統領の歴史や、暗殺されるまでいきさつなどが学べ、所々当時のまま保存されています。
もちろん、銃弾が発射されたという窓も。木の枝に隠れてしまっているけれど、6階一番右端の窓が、ケネディを撃った銃弾が発射されたとされている場所。

直接その窓際に立つ事は出来ないけれど、すぐ隣の窓から下のエルム通りを、ほぼ同じような情景で眺める事が出来ます。
そこに立つと、オズワルド(公式的なケネディ暗殺犯)は何を思いながらこの建物にいたのだろう……と、ふと考えてしまう。私の中に過ったのは、言いようのない不思議な感情。

永眠の地-ワシントンD.C.

ケネディの墓石ケネディは今、ワシントンDCにあるアーリントン国立墓地に眠っています。そこには永遠に消えることの無い炎が燃えています。

彼の墓の周りには柵が設けられ、そこには届けられた花束と大勢の人垣があふれていました。
今もなお人々に愛されているんでしょうね。

(1994年訪問)

JFK関連リンク

John Fitzgerald Kennedy Library and Museum
ボストンで訪れた、JFKライブラリーのオフィシャルサイト。
THE SIXTH FLOOR MUSEIUM
ダラスで訪れた、旧教科書倉庫(6th Floor Museum)のオフィシャルサイト。
ケネディ暗殺事件
事件について研究している前田さんのサイト。膨大な量の資料が掲載されていて、勉強しがいがあります!
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